このページの本文へ

特集:U/Iターン経験者の対馬ぐらし(vol.3)

Vol.3  坂本 拓也さん(1 / 2)

”みんなと出会えて、自分の居場所が見つかったような気がします”

  坂本 拓也さん 

長崎県壱岐市出身
厳原町在住

【プロフィール】

1996年生まれ。長崎県の諫早市で幼少期を過ごし た後、小学生から高校生までは対馬の隣、壱岐島で育つ。高校を卒業後、壱岐島内で一般企業に就職。その後、20歳になる直前に店舗異動に伴う転勤で対馬へ移住。島内での転職を経て現在も引き続き対馬で暮らす。趣味は読書と写真撮影。

19歳。転勤で隣の島から移り住む。

ーーよろしくお願いします。簡単に自己紹介をお願いできますか?

坂本拓也といいます。生まれは長崎県の諫早ですが、父が壱岐の人だったこともあり、小学生の頃からは壱岐で暮らしていました。壱岐で過ごした時間の方が長いので自己紹介の時は壱岐出身と言ってます。今年で22歳で、対馬には19歳の終わりに移住したので、引っ越してき て3年目です。いまは、厳原の対馬バーガーという飲食店のスタッフをしています。

ーー 対馬に移住するきっかけを教えてください

きっかけは、前職のときの転勤です。壱岐から対馬なので島から島に転勤という、ちょっと珍しいパターンだった気もしますが、ごく普通の異動です。当時は、高校卒業のタイミングで一般企業に就職してました。最初の配属は地元の壱岐だったんですが、一年ちょっとぐらいした時に「来月から、対馬店でお願いね。」という感じです。

ーー 島から島へ移住。もしかして「対馬で暮らし たい!」みたいな想いはそれほどなかった?

はい(笑)。断る理由もなかった。というのが正直なところですね。
ただ、壱岐店で勤務しているときに応援で対馬店には来たことがあったので、一回行ったけん、まぁ、いいかなぁ。と。何となく土地勘はできていたし、スタッフさんの様子やお店の雰囲気は少しわかるから安心かなとは思いつつ。
当時は、長くいるつもりもなかったし、また転勤があって一年ぐらいで戻るのかな。という感じ。ずっとここにはいないんやと思ってました。いま思えば、あんまり考えてなかったです。

ーー なるほど。とはいえ、隣の島なので生活はわりと馴染みやすかったのでは?

いや、むしろ隣の島なんですけど、遠いというか接点がないというか。壱岐に住んでいる時には同級生の間でも対馬の話題なんて全く出たことがない。ってぐらいの感じなんです。小学校の時にソフトボールの試合で一度来たことがあるぐらいで、そのあと仕事始めるまで来たことがなかったです。だから、引っ越した頃は、お店以外のことはほとんど何も知らなかった。

ーーそうすると生活に慣れるまでも結構大変そうですね。当時はどんな感じの生活スタイルだったんでしょうか?

お店については一緒に働くメンバとかも良かったんですけど、壱岐にはない対馬独特の仕事もあって、仕事はかなり忙しかったですね。韓国人の方も含めてお客さん自体の数が多いので、スタッフの少ない時は残業とかも少なくないし、シフト制で夜遅めの勤務もあったので、ほとんど家と職場の往復で終わる日々でした。

でも、それよりもきつかったのが、当時は職場の人としか知り合いがいなかったので、休みの日の孤独感。これが半端じゃなかったです。

例えば、最初の頃は、対馬ひろいので端から端までいこう!とか思ってドライブとか行くんですけど、誘う人いなく て結局一人で行くわけでよ。苦笑。それはそれで最初は楽しいんですけど、5月ぐらいにピークがきましたね。対馬来て、半年後ぐらいだったかな。

その時は、何が楽しいか見つける前なのに「もうやめて、壱岐かえろう」って本当に思ってました。今にして思えば、病んでたのかも。

忙しいから、疲れて帰って、寝て起きて、また職場行って。みたいな感じで、休みの日も誰かと会話することもなく。なんのために働きよんのかなぁ。って思いつめながら、その頃は、月一ぐらいで壱岐に帰ってました。でも、地元の友達にも対馬いるはずなのに月イチで帰ってくるから、珍しがられることもなくて。すごいどっちつかずの時期でしたね。

一歩踏み出すと広がっていく、人のつながり

ーー なんだか、島の話だけど都会暮らしに疲れた人みたいな・・・。そこからの転機についても教えてください。

職場の先輩に同じく転勤族だった人がいたんですけど、ある日「自分もう無理そうっす。続けていける気がしません」って相談したんです。
休みの日とかが苦痛なんですけど、どうやって過ごしてましたか? って。そうしたら「私は図書館行ったり、”対馬バーガ ー”ってお店に行ったりしてたよ」って教えてくれて。それまで、お店の名前も知らなかったんですけど、先輩は「オーナーのキヨさんもきっとよくしてくれるから一度行ってみたら?」って言ってくれたんです。

ーー なるほど。それでお店に行ってみたということですか

そうなんですが、実はなかなか行けなくて。その頃の自分は、だいぶ気弱になってたというか、知らない店に入るのも躊躇うぐらいで。「店の前まで来るんだけど、入ろうかな、どうしようかな。」の繰り返し。しかも、勇気出して店の前まで行ってみたのに定休日だったりして。もう何回諦めようと思ったかわからない。でも、頭のどこかには、ずっと引っかかってて。結局、入り口の扉をあけるまで、1ヶ月ぐらいかかりました(苦笑)。
あの日もし扉開けてなかったら・・・、たぶん自分はもう対馬にいなかったような気がします。

ーー その時に出会った、キヨさん(現在の勤務先の代表)の第一印象はどんな感じだったんですか?

一言で言うと、すごいウェルカム感(笑)。でもそれが本当に嬉しかったです。「先輩からも聞いとったけど、なかなか顔出さなかったねー。ようこそー」って。いま思えば多少のリップサービスだったのかもしれないですけどね(笑)

ーー 笑。それから、この場所に通うようになった?

そうですね。でも、実はお店にお客さんとして通うっていうよりは、対馬には対馬ボーダーアイランドフェス(TBIF)っていう2017年に始まったイベントがあるんですけど、キヨさんが実行委員長なんです。その頃ちょうどイベント立ち上げようとしている時期で「対馬でフェスつくろうと思ってるんだけど、興味ある?」って初対面の日に誘ってもらったんです。

それ聞いて「そういうこと、したかったんです」って言ってて。まだ企画とか何も決まってないのに(笑)。いま思えば、その日がターニングポイントだったと思います。実行委員会に参加するようになってからは、職場以外にも居場所ができていく感じで、いろんなことが変わりはじめた気がするので。

ーー人間関係の変化を振り返ってみると、どうですか?

かわりましたね。すごく変わった。休みの日にこれる場所ができたし、なによりも、同年代の友達ができたのは大きくて。純粋に嬉しかったです。

それまでは、自分の勤めてる店舗に、お客様で同年代の方がいたとしても、プライベートでやりとりするようなことは全くなかったですし。こうやって、人間関係が広がっていったおかげで今があるなと。

(つづく)